味のおもしろ発見

 
どこか似ていてどこか違う「うま煮と煮しめ」

 うま煮と煮しめ、どこか似ているがどこか違う。肉類と野菜を一緒に煮付け、醤油や味りん、砂糖で味付けした、いつも食べられていたうま煮。一方、野菜や乾物を醤油などで煮て、大晦日と正月三が日、そしてお祭りの料理として、昔から広く食べられていた煮しめ。しかし最近では、うま煮が、肉や濃い味の好きな昨今の人々に受け、大晦日の年取り料理としても作られるようになり、煮しめが劣勢に立たされているようだ。
 そこで、昔のうま煮と煮しめを文献で調べてみた。そこからはハレの日の料理であった煮しめの豊かな地域性が浮かび上がってきた。
 

文献でみた「うま煮」と「煮しめ」

うま煮

うま煮

 一般的にうま煮は、肉や野菜を醤油、味りん、砂糖、出し汁などともに、甘辛く煮付ける料理であるが、昔はどのようなものであったのだろうか。
 大正の終わりから昭和の初め頃の都府県の食生活を聞きとりした『聞き書 日本の食生活全集』(全50巻・農文協)で、「うま煮」という名で料理が紹介されているのは、埼玉県の「とりたての里芋、はす、ごぼうなどに、こんにゃくを一緒に入れて、水を加えて煮る。砂糖と醤油で味をつける」うま煮と、佐賀県の「里芋、れんこん、干ししいたけ、にんじんは全部ゆでて、一寸ぐらいの乱切りにしておく。油でかしわを炒め、この中に野菜を入れてだし汁を加えて煮て、醤油、砂糖で味をつける。二日間食べるには何回も火を通すから、だし汁は多めにつくって用意しておく」うま煮の2件であり、この頃においてうま煮は全国的にみて少数派であったことがわかった。
 ところで、九州にはがめ煮がある。調理方法は、鶏肉、れんこん、里芋、人参、大根、しいたけ、こんにゃく、ごぼうを煮る。また、筑前煮もある。筑前煮は地域によって多少食材が変わり、干ししいたけと里芋が入らない場合もある。がめ煮も筑前煮も非常にうま煮に似ており、なぜ、九州にこのような食材を使用した煮もの料理が多いのか、ルーツはどこなのか知りたいところだ。



 

煮しめ

煮しめ

 一方、煮しめは、どのようなものなのだろうか。農林水産省のホームページ「消費者の部屋」には、「室町時代にしょうゆが作られるようになると、しょうゆで味付けした煮物が登場し『煮染め』と呼ばれました。今日では、野菜や乾物などを、形をくずさないように、やや濃いめの味で煮あげた料理を『煮しめ』といいます。」と書かれている。
 同書(農文協)で大正の終わりから昭和の初め頃の煮しめを調べてみると、約300件の煮しめが紹介されており、うま煮の事例をはるかに超えている。同書によると、煮しめには、ふだん食べる煮しめとハレの日に食べる煮しめがあり、ハレの日の煮しめは、正月はもちろん、節供や祭り、お祝い事、葬式、来客時などいろいろな場面で食べられていた。さらに、つくり方においても、ひとまとめに煮るつくり方と一種類ずつ分けてつくり、最後にそろえるつくり方があったようである。
 栃木県の鬼怒川流域で食べられていた煮しめは、ゆで干し大根、いもがら、里芋、人参、干しいわしを食材として使い、やわらかくなったら醤油を入れ、大きく切った豆腐とねぎを入れてつくる。
 また、神奈川県相模原では、食材に里芋、れんこん、生大根、人参、こんにゃくなど、5種類か7種類の具を使用していた。奇数であることも大事であった。醤油と少々の砂糖で味をつけ煮含める。客寄せのときは里芋の形を整えたり、人参を花形にしたり、ときには別々に煮ていたともいう。
 同じく神奈川県の三浦半島では、お神楽の際や人寄せに煮しめはなくてはならない料理だったという。食材は人参、ごぼう、焼き豆腐、しいたけ、昆布、魚などから5種類を使ってつくる。魚はそのとき海でとれたものを使った。尾頭つきの煮しめである。醤油と砂糖で煮て盛り合わせる。不祝儀の葬式料理には昆布(よろこぶ)は使わない。
 上記の例では砂糖を味付けに使用しているが、先のホームページにみられるように醤油で味付けするのが基本だったと思われる。
 また、煮しめはハレの日の料理として食されることが多く、特に明治31年刊の『東京風俗史』の「お節は大根、人参、八ツ頭、ごぼう、こんにゃく、焼豆腐、青昆布(刻み)、ごまめの雑々に煮たもの。」にみられるように、おせち料理の中核的な料理として位置付けられていたようだ。


 

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